人の行動はどうすれば変わるのか
~『ARCS動機づけモデル』の実践~

「やる気がない」「続かない」……指導・育成の現場において避けて通ることのできない“学習意欲”の問題。
人の行動はどうすれば変わるのか、学習者が興味・関心を持って積極的に学びを継続するためには何が必要なのか。
そんな『学習者の動機づけと行動変容』をテーマに、【熊本大学 教授システム学研究センター 都竹 茂樹教授】にお話を伺いました。
学習者の意欲を高めるための『ARCS動機づけモデル』を軸に、全4回にわたってご紹介します。

Profile


都竹 茂樹(つづく しげき)教授

熊本大学 教授システム学研究センター 教授
(兼任) 社会文化科学教育部 教授システム学専攻 教授・専攻長

1966年生まれ。医師・博士(医学)・公衆衛生学修士・修士(教授システム学)。主著に「プレゼンテーションデザイン術」、「高齢者の筋力トレーニング読本」、「くまモンと一緒にユルッと4秒筋トレ: 4Uメソッドではじめるアンチエイジング」、「結果を出す特定保健指導 -その気にさせるアプローチ-」「あと5センチひっこめろ!」などがある。

現場での実践を維持・継続するためのフォローアップ

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荒木
前回、メタボ対策中の方がリバウンドせずに行動を継続できるように、1カ月毎に段階を分けて指導されているというお話を伺いました。この辺りは、企業研修のフォローアップにも関わってくるところだと思います。
私たちがよくお受けする相談が2つあり、一つは「研修のフォローアップはいつまでやるべきなのか」、もう一つは「フォローアップ期間が終わった学習者のメンテナンスをどのくらいのタイミングでやるべきか」についてです。
例えば、フォローアップの期間を仮に3カ月と決め、そのフォローアップ期間が終わって次の対象者の研修に移行していく場合、先行の学習者のメンテナンスはどのようなタイミングでしたらいいのでしょうか。研修を提供する側のリソースにも当然限りがあるので、そういった限られた会社のリソースをどう配分するかも含めて皆さん悩まれるのですが、都竹先生から何かアドバイスいただけないでしょうか?
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都竹先生
まず、何カ月単位がいいのかというのは、研修のテーマによっても違うと思います。例えば……

熊本大学が社会人向けに実施しているインストラクショナルデザインについての公開講座がありますが、これは対面で1日の講座です。こういった研修会においては、「1日研修会でIDの勉強をしました。よかったです、現場に戻って活かします。」と言って、実際は活かせないという例はありがちです。
ですから、対面で受講者が集まる研修や講座を私たちが実際にするときには、できるだけこちらから“教えない”ようにしています。対面でしかできないグループワークなどを中心に据えています。
では、“教える”=知識をインプットしてもらうにはどうすればいいかというと、事前学習としてオンラインで学んできてもらいます。その事前課題をクリアした人だけが対面に参加するという形です。講座が終わった後もやりっぱなしではなく、事後学習を用意して課題をもう一度提出してもらい、そこで一旦終わり、というふうにしているのですが、実は、対面が終わるときに今後の計画を立ててもらいます。「こんなことをやりたいです」ではなく「何月までに○○をやります」というプランを、講座から帰った後に作ってもらいます。作ってもらってそこで終わりでもなくて、半年後に「半年前に立てたプランはちゃんと実行していますか」ということをメールで確認するところまでやっています。この方法であればスタッフへの負担も割と少なくなります。
ポイントは、研修が終わったときに今後のプランをちゃんと立ててもらうことです。その時に「半年後にアンケートをします」と宣言しておくことで、実際に取り組んでもらえるように促しています。
企業であれば、半年と言わずに2カ月おきや3カ月おきに本当にできているかの進捗をチェックする。運営側のリソースの関係上それが難しいときには、学習者同士でチェックするような機会を設けるといったピアのサポートを入れてもよいのではないでしょうか。

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荒木
どうしても企業内教育では、何百人、何千人といる社員の方たちに対して、リソースも限られる中で研修をどのように効率的に回していこうかというところを皆さん悩まれるので、IT系のツールなどを使うことによって、必ずしも対面でフォローアップしなくてもよいということや、グループにしてピアでフィードバックし合う形でフォローアップすることによって、研修の担当者が毎回介入することなくフォローアップできる仕組みを作るというところはとてもヒントになりました。ありがとうございます。

「もう二度と研修なんか受けない」という学習者を生まないために

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荒木
最後に都竹先生から、企業内教育の動機づけで悩まれている研修の担当者の皆さん、もしくは事業部の責任者の皆さんに対してメッセージをいただけますでしょうか?
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都竹先生
皆、モチベーションがめちゃくちゃ高かったらよいのですが、なかなかそのような職場って聞いたことがないですよね……

私は今大学の教員をやっていますが、例えば大学なんかでも、やる気がなくて何のために大学に来ているのかわからないような学生もいます。そういう学生に勉強してもらう一番効果的な方法は何かといえば、「留年するぞ」「単位落とすぞ」と言うことです。そうやって、脅しのように留年すると言えば勉強するんですけど、でも、それを言ってしまうとその学生が思うことは「もう二度とやるか」だ、という話じゃないですか。

一番よくないのは、「卒業したらもう勉強なんか二度とやりません」「研修なんか二度と受けません」「勉強は学生のときだけで十分です」と、“学びは学生の時だけという勘違い”をしてしまう人たちを増産することです。だから、極力そういうことは言わないようにしています。

企業内教育のほうに話を戻すと、研修を提供する側の方たちとしては「研修も仕事のうちなんだから頑張ってよ」と言うのは多分本音だと思います。でも、なかなかそれが難しいという場合には、先ほどお話したように、何のためにやるのか、この研修はあなたにとってどんなメリットがあるのかということを自分で、グループで、面談で、探しながら見つけていく必要があります。皆にメリットがあるような位置付けにすることが大事なポイントかなと思っています。

あとよくあるのは、「皆、研修は楽しそうにやるんですよね。でも現場に戻ったらやらないんですよ。研修の内容を活かさないんです。」これは私も必ず聞かれます。

注意しなくてはいけないのは、受講者にやる気がないから活かされないのか、そうではなく、研修に送り出す側、つまり受講者の上司が「まあ研修でも行ってこいや」みたいな姿勢でいるのか、どちらの状況なのかということです。後者の場合、組織やチームの雰囲気として、受講者が部署に戻ってきたときに研修で学んだことを現場で活かしてもらおうという考えが働かないわけですよね。

この場合は、研修が始まる前に「この研修ではこういうことをやります。終わった後にはこういうような活かし方をしてもらいますのでサポートしてください。」のように、現場の上司ともあらかじめ握っておくことが一つの方法だと思います。研修の担当者だけで全てを解決しようとするのは無理がありますし、そもそも、研修後の現場まで研修担当者の責任の範疇ではないはずなので、「ここまでは私たち研修担当者がやりますから、ここからは現場でやってくださいね。その際このようなサポートはこちらから出せます。」というようなことをあらかじめ決めておきます。終わった後に言うと話がややこしくなるので、前もって決めておくことがお勧めです。

あとは、先にもお話ししたように、研修が終わった後のスケジュールについて何をいつ頃までにやるかのプランを作ってもらって、それを上長にも報告してもらうようにする。そうやって皆で共有していくのもよいと思います。

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荒木
研修の当日だけではなく、その前後も含めた全体のスケジュールを受講者の上司も含めて共有しておき、3カ月後、半年後にどういうサポートやフォローが入るのかということを合意した上で、研修で学んだことを現場の中で使う場面をどのように作ってもらうのか、なぜこの研修や学びが必要なのかということを、研修時の1回だけではなく常日頃からメッセージを出すような現場の巻き込み、上司の巻き込みがとても大切だということですね。
都竹先生、今日はお忙しいところお時間頂きまして、ありがとうございました。

(了)