人の行動はどうすれば変わるのか
~『ARCS動機づけモデル』の実践~

「やる気がない」「続かない」……指導・育成の現場において避けて通ることのできない“学習意欲”の問題。
人の行動はどうすれば変わるのか、学習者が興味・関心を持って積極的に学びを継続するためには何が必要なのか。
そんな『学習者の動機づけと行動変容』をテーマに、【熊本大学 教授システム学研究センター 都竹 茂樹教授】にお話を伺いました。
学習者の意欲を高めるための『ARCS動機づけモデル』を軸に、全4回にわたってご紹介します。

Profile


都竹 茂樹(つづく しげき)教授

熊本大学 教授システム学研究センター 教授
(兼任) 社会文化科学教育部 教授システム学専攻 教授・専攻長

1966年生まれ。医師・博士(医学)・公衆衛生学修士・修士(教授システム学)。主著に「プレゼンテーションデザイン術」、「高齢者の筋力トレーニング読本」、「くまモンと一緒にユルッと4秒筋トレ: 4Uメソッドではじめるアンチエイジング」、「結果を出す特定保健指導 -その気にさせるアプローチ-」「あと5センチひっこめろ!」などがある。

行動変容は“ほとんど”不可能?

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荒木
前回、AttentionとRelevanceの実践方法を教えていただきましたが、ARCSの残りの2つ、ConfidenceとSatisfactionについてはいかがでしょうか?
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都竹先生
AttentionやRelevanceの工夫で、せっかく自分にとってのメリットを見つけても、目指すべきところが「メタボ対策頑張りましょうね。食事は、今までのカロリーの3分の1に減らして1日800キロカロリーにしてください。運動は、毎日ジョギング1時間やってください。」だとしたら、ハードルが高過ぎますよね。当たり前ですけど、続きません。
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荒木
聞いているだけで、私はもう心が折れそうです。
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都竹先生
結果を出すために大事なのは、何でもそうだと思いますが、“適切な方法”です……

適度にカロリーを制限する、適度に体を動かすという“適度”の量が、1日2時間のジョギングでは度を超えています。こうなると「ちょっと自分には続かないな、できないな」と自信を持つことができない、つまり、“Confidence”が追い付いていない状態だといえます。
私はメタボ対策の人に、体を引き締めるためにとにかくこれだけはやってほしいということを、食事3つ、運動3つだけお願いしています。運動は、筋トレ3種目という意味で、自分の体重を負荷にしてゆっくりやる筋トレを3つです(これだけでもちゃんと効果が出ることを確認した上でお勧めしています)。食事に関しても、カロリー計算などいろいろなことを言うと大変なので、①和食中心、②よく噛む、③飲み物はお茶かお水中心にする、の3つに絞ります。こちらも本当は、あれも言いたい、これもやってもらいたいという気持ちがありますが、そもそもやってもらえなかったら意味がないので「とりあえずこれぐらいならできるかな」というConfidenceを意識して、とくに最初の1カ月は、本人にとっては「ちょっと物足りない」と思えるぐらいのところで留めておきます。
そういうふうにして、まずはやることをできるだけ絞ってやってもらうようにしています。これがConfidenceです。

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都竹先生
そして、今度はそれを続けてもらうということが、やっぱりものすごく大変です……

気合と根性では続きません。続くような仕組みや仕掛けを作ってあげないとなかなか継続しないので、できるだけいろいろな工夫をしています。
例えば、記録表に丸をつける、これだけでも効果はあります。
筋トレができたらカレンダーに○をしてもらうとか、できなかったら△や×にするとか、そういったやり方で○が増えていくと、子どもだけでなく大人も「もっと頑張ろう」という気持ちになります。グループで掲示板を作って、やったことを毎日1行でもいいので報告してもらう方法もあります。今ならLINEなどを使ってグループで取り組むということもあるでしょう。企業の例では、お昼休みに食堂の横の一部屋をオープンスペースにして、食事が終わった後に少し寄ってもらってエクササイズができるようにするといった方法もあります。食事が終わった後、そこで同僚とエクササイズをして自分の部署に戻っていくというような形です。
できるだけ続けられる工夫を提案して、その中で自分ができることをやってもらっています。

ARCSのS(満足感)の実践:“できたこと”のクローズアップ

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都竹先生
最後のSatisfactionは、「やってよかった」という満足感です。当然、結果を出さなくてはいけないので、ある程度こちらもサポートはします……

の上で、思ったような目標には到達できなかったとしても、できたこともあるはずなので、そこをクローズアップしてあげて、「ここはできた、ここまでできたんだから次はこうしてみよう」というふうに、大体1カ月おきぐらいに振り返るようにしています。1カ月の取り組みを踏まえた上でいろいろ反省点を見つけたり、できたことや逆に失敗したこと、工夫したことなどを皆で共有する機会を設けてから、2カ月目に進んでいくという方法を取り入れています。
“経験学習”とよくいいますが、それを取り入れています。

“自分で学べる人”として独り立ちするための段階的なサポート

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荒木
3つ目のConfidenceのところで、少し物足りないと思うくらいに要求のハードルを下げるというお話がありましたが、やることを“絞る”という意味では、空(そら)で言えるぐらいの内容にすることもポイントなのかなと思いました。
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都竹先生
そうですね。語呂がいいというのもあると思います。そうやって物足りないと感じるレベルから、次の段階では少しステップアップして、それをクリアできたらまた次の段階と進んでいく……

それは逆に言うと、研修を設計する側はきちんとその全体像を見据えて意識した上で、一つ一つを細かくチャンクダウン(分解)していくということがとても大事だということです。
学習者は、とにかく最初はこれだけをやる、次にこれをやる、というふうに進んでいきます。最終的にはいつまでもサポートするわけにはいかないですから、振り返りを含めた経験学習を繰り返していきます。“自分で学べる人”として独り立ちできるようにする訓練も兼ねて、私が取り組んでいるものだと大体1カ月でひと区切りして次の段階にいくようにして、ホップ、ステップ、ジャンプのような形で3カ月やる、というふうに進めています。

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荒木
1カ月単位で区切りつつそれを3カ月継続できると、ある程度、行動として定着してきたという判断ができるということでしょうか?
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都竹先生
そうですね。もちろん、その後続けられる方も、やめてしまう方もいます。続けられるのはどういう人かというと、“ある程度成果が出た人”と“頑張り過ぎなかった人”です……

頑張り過ぎて、目標まではたどり着いたけど息切れ状態で「もうこんなつらいのは勘弁してください」となってしまった場合、メタボ対策では何が起こるかというと、リバウンドをしてしまいます。「だったら最初からやらないほうが良かったんじゃないの……」という話になってしまうわけです。生活習慣として確立してもらうためには、やはりいろいろ苦労します。そのときにどうしているかというと、「最初の3つを覚えていますよね。それだけは毎日やってください。」と、これだけをお願いすると、リバウンドはやっぱり少なくなりますね。

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