何のために伝え、教えるのか
~『メーガーの3つの質問』と『カークパトリックの4段階評価』~
2020年、新型コロナウイルス感染拡大という激動の時流の中、教育のあり方も大きく変化しています。
対面型の集合研修からオンライン研修へ。
こうした変化は、学校の授業や職場の研修だけではありません。
今回は、『小児医療における保護者教育』をテーマに、小児科とアレルギーの専門医であり、熊本大学教授システム学研究センター 連携研究員の 十日市場こどもクリニック 院長 奥 典宏先生 にお話を伺っていきたいと思います。
「医者と患者は、得てして“お話ししておしまい”になってしまう」。
症状に対してどう対処したらよいか、薬はどう扱えばよいか……
奥先生は、こうした医師と患者さんのコミュニケーション、とくに小児医療における保護者教育の場にインストラクショナルデザイン(ID)を取り入れることで、治療や病気の予防の効果を高めるための取り組みをされています。
保護者教育へのIDの導入や、コロナ禍における対面型教室からオンライン教室への移行、それらを企業内教育への応用する際のポイントなど、IDの実務家としての貴重なお話を全4回にわたってご紹介します。
*インストラクショナルデザイン(ID)とは 教育を中心とした学習活動の効果・効率・魅力を高めることを目指したシステム的なアプローチに関する方法論の総称
Profile
奥 典宏(おく のりひろ)先生
十日市場こどもクリニック 院長
熊本大学教授システム学研究センター 連携研究員
認定・資格
日本小児科学会 小児科指導医 日本アレルギー学会 アレルギー専門医 修士(教授システム学)
経歴 主に神奈川県内の病院に勤務。多くの病院でアレルギー外来の立ち上げや食物負荷試験の立ち上げに携わる。
神奈川県立こども医療センター 小児内科
藤沢市民病院 小児科
横浜栄共済病院 小児科
横浜南共済病院 小児科
小田原市立病院 小児科
横浜労災病院 小児科
神奈川県立足柄上病院 小児科
衝撃だったインストラクショナルデザインとの出会い
また、アレルギーとは少し違う話になりますが、10年程前に、当時勤務していた病院内に心肺蘇生を広めようと思って活動していた時期がありました。そのときにプログラムとして選んだのがアメリカ心臓協会AHAというところの心肺蘇生教育プログラムで、それがかなりしっかりしていて、日本でもだんだん広まりつつあったんです。
そこでまず自身がインストラクターとして活動して、自分の勤めている病院でそのコースを開催してもらうこと、院内でもそういうコースを作って続けられるようにすることを目指して活動していました。実は、そのときのアメリカ心臓協会の心肺蘇生プログラムに、インストラクショナルデザインが結構入っていたんです。
インストラクターの養成コースに、インストラクショナルデザインの内容が多く取り入れられていることを知ってかなり衝撃を受けて、それで興味を持つようになりました。その後病院を異動して、心肺蘇生教育自体からは離れてしまったんですけれども、そのインストラクショナルデザインというのは、患者さんや保護者の教育などにも使えるんじゃないかと考えていました。
そして、あるときに医療従事者向けのインストラクショナルデザインセミナーがあり参加したところ、鈴木克明先生とケラー先生(*ジョン・M・ケラー教授:アメリカの教育工学者でありARCSモデルの提唱者)がいらっしゃって、そこでお話をいろいろお伺いしたのが熊本大学に入学したきっかけです。
鈴木先生は熊本大学大学院の教授システム学専攻の教授で、インストラクショナルデザインやeラーニングなどに関する研究・教育をされていらっしゃいます。
熊本大学で系統的にインストラクショナルデザインを学ぶことで、それを成人教育としての保護者教育に活用できるんのではないかと考え熊本大学教授システム学専攻に入学しました。
子供の命のために
インストラクショナルデザインで保護者教育を設計する
(オンラインでの実施前)元々は対面での授業もされていたそうですね。
一つは、小児科のアレルギー専門医として昔から食物アレルギーの患者さんをかなり診ており、食物アレルギーの患者さんやその保護者に対する、食物アレルギーに関する保護者教室を10年以上前から開催しています。
受講の対象として、患者さんの年齢が小学校高学年ぐらいであればご本人に内容を理解してもらえるのですが、多くの場合それ以下の年齢のお子さんになりますので、そうするとやはり保護者が教育のキーパーソンになります。ですので、保護者に対してお子さんの食物アレルギーについての知識(食物アレルギーの症状が出たときにどうすればいいか、普段の生活でどんなことに気を付ければいいか など)を知っていただくための保護者教室を開催しています。
もう一つは、学校関係者などに対して、児童に食物アレルギーの症状が出たときの対応の仕方を指導する教室もやっていました。これに関しては、2012年に調布市の学校で、牛乳アレルギーのお子さんが給食で出た牛乳の成分が入っているチヂミを誤食したことにより亡くなってしまったという事件があり、それ以降、小中学校や幼稚園、保育園などで職員が食物アレルギー症状に対する研修のニーズが非常に増えました。ですので、そういった教室もある程度行っております。
一応、親御さんが分かっているかどうかといったアンケートはとる方が多いと思います。ただ、実際に話したことや学んでいただきたいことについて、保護者の方が本当に分かっているかどうかを見ている方は非常に少ないと思います。ですので、IDを学んで、そこ(保護者の理解度)をきっちり確認するようになりました。
また、IDを知る前はどちらかというと、ただ単になんとなく知っておいてほしいということをいろいろ話して終わっていたのが、IDを学んだ後は、明確に何を学んでいただきたいか、実際に学べたかをどう確認するかを意識するようになりました。最後にテストやクイズを作っておいて、それに皆さんが全問正解できるようになることを想定して、中身の講習も組み立てるという形にだんだん変わってきています。
IDで食物アレルギー教室を実践 ~「使える知識」を保護者に~
1回につき、お子さんを含め8家族ぐらいが上限となります。
以前に勤めていた保健所の関係でお声をかけていただいて話をする際や、学校や行政から呼んでいただくときには数十人単位、100人近くの方にお話しすることも中にはありました。
大変そうなイメージもあるのですが、教室はどのような雰囲気なのでしょうか?
ただ、お子さんをお持ちの方は分かると思うのですが、最初はまだいいんですけど、途中から皆さん飽きてきて遊びだして、お母さんに構ってほしくて妨害しだすんです。その辺りはもうしょうがないので、うちのクリニックであれば後ろのほうに遊べるエリアが作ってありますので、そちらのほうに移動していただいて、講義を聴くのを一時的に中断してそこで子どもをあやしてという形で対応いただいています。とりあえず一部分でも聞いていただいてご理解いただければとそこは妥協していました。
その後に大体40分ぐらい話(講義)をします。その際は、話しっぱなしにせず、時々保護者の方々に「食物アレルギー症状が出た方はいらっしゃいますか?」「どんな症状が出ましたか?」と聞いて、実際のお話を具体的にしていただきます。そういう形で、なるべく双方向性の講義を心掛けています。
講義の後に質問の時間を10分ぐらい取っていて、保護者の知りたいことなどの質問が一通り出てきますので、最後の5分から10分ぐらいで、もう一回どのぐらいご理解いただけているかという「事後テスト」を行います。実際には「クイズ」という言い方をしていますが、そのクイズと、教室が終わった後のアンケートを採らせていただいています。
事前テストと事後テストというのは、基本的に、いずれも今回の講義で知ってほしい内容についてほぼ同内容で作成しますが、項目の細かいところはわざと少しずつ状況(場面など)を変えています。
例えば、事前テストでは“卵アレルギー”の患者さんの実例を元に「こういうときはどうすればいいですか?」「こういう症状が出た後は、普段の生活をどう気を付けたらいいですか?」といった問題にし、事後テストでは、“牛乳アレルギー”の話にして、少しずつ質問や出題順を変えて理解度を確認します。
事前事後で全く同じ問題にすると「丸覚えできたかどうか」の確認になってしまって、「ちゃんと学んでいただいているか、知識が身に付いているか、“使える”知識になっているか」という確認ができないので、わざと少しずつ、細かく内容を変えてテストをする、という形でやっています。
そのため、ほぼ知識の話で済んだので、そういう形(講義中心)で運営していました。
ただ、もう一つの学校関係者向けの教室では、例えば、実際の症状が出たときにどう対応するか、自己注射のお薬をどう使うかといったトレーニングもあり、実際に身体を動かしてやっていただかないとご理解いただけないので、そういうものに関しては自己注射の模型を皆さんにお配りして、他の方とお互いペアになって実際に動いていただくような実践形式でやっていました。