業務遂行能力を高め、確かな実務家を育てるために
~大学院におけるPBL実践と企業内教育への導入~
企業で実際に行われているようなプロジェクト体験を通して業務遂行能力を高めることができるといわれているPBL(Project Based Learning)。東京都立産業技術大学院大学(AIIT)では、高度で専門的な職業能力を有する人材育成のため、PBL型教育が取り入れられています。
そこで、実社会で真に役立つ知識やスキルを身につけるためのノウハウについて、PBLの実践家でいらっしゃる東京都立産業技術大学院大学 創造技術専攻 越水 重臣教授にお話を伺いました。
即戦力となる実務家を育てるための『PBL』を、全5回にわたってご紹介します。
Profile
越水 重臣(こしみず しげおみ)教授
東京都立産業技術大学院大学 創造技術専攻 教授
工学博士。1989年慶応義塾大学理工学研究科修士課程修了。1989年イーストマン・コダック(ジャパン)(株)入社。1994年静岡理工科大学機械工学科助手、2011年講師、2003年助教授、2008年産業技術大学院大学准教授をへて2014年より産業技術大学院大学教授(現職)。日本機械学会、精密工学会、品質工学会、品質管理学会所属。著書に「バーチャル実験で体得する実践・品質工学(共著)」がある。
東京都立産業技術大学院大学における「Best Professor of the Year」(質の高い講義、わかりやすい教授方法の実現に寄与し「学生による授業評価」において、優秀な評価を受けた教員に授与される称号)を累計5回受賞。学生たちからの信頼も厚い。
PBLの適切な期間設定とは?
例えば半期を2回、あるいは通期で1年やったほうがいいのか、それとも、もっと短いのをたくさんやるなど、様々なPBLの考え方があるかもしれませんが、1年間という期間はいかがですか。
それも一つのやり方だと思いますが、私の所属している創造技術専攻では、モノづくりや、コトづくり、サービスのデザインをするため、時間が取られるということもあって、半年だとなかなか良い成果物ができないという印象があります。創造技術専攻では、1年のプロジェクトが適正かなと思っています。
第1クオーターで、プロジェクトのスコープと言っていますが、何をどこまでやるかということと、最終成果物の定義をし、最終成果物に至るまでのプロセスをデザインします。第2クオーター、第3クオーターでは、先ほど申し上げたリーン改善と言うのですが、改善のプロセスを2回ぐらい回したいと考えています。
2回ぐらいプロセスを回すと、プロダクトにしてもサービスにしても、クオリティーが上がっていくというのが経験的に分かってきています。そのリーン改善を2回ぐらい回そうとすると、どうしても1年がかりのプロジェクトになってしまうという感じです。
PBLの評価は「ルーブリック」で行う
もちろんリープさんはルーブリック評価の専門なので、リープさんのほうが絶対、精緻な評価方法を使っているのだと思いますが、コンピテンシーにはコミュニケーションとかリーダーシップといった項目があり、その評価項目に対して5段階のレベルがあります。
レベル1というのはローパフォーマーの人の行動特性で、レベルが上がってレベル5というのが一番ハイパフォーマーの人の行動特性です。
「コンピテンシースキルレベル表」というものがあり、このレベル基準に従って、学生各々のコンピテンシーレベルを教員が評価しています。
言い忘れていましたが、各プロジェクトに教員が3名付いていて、主担当教員の他に副担当教員が2名おりますので、その3名の教員が、これまでの学生のプロジェクトの活動を見てきて、その行動特性からコンピテンシーのスキルレベルの評点を入れるということもしますし、それから、学生が自分自身のスキルレベルを評価するということもしますし、他のメンバーの評価をするということもして、それを集計して、コンピテンシーについては評点を付けています。コンピテンシー以外には、プロジェクト成果物への貢献度とプロセスへの関与度についても、3人の教員で評価点を入れるのですが、それらを合算して100点満点になるような計算式があり、100点満点で成績評価をしています。
確かに、成果物が素晴らしいほど、チーム全体の評点はどうしても高くなりますね。
PBLにおける指導者の役割「放任過ぎても入れ込みすぎてもダメ!」
ある成果物を作ろうとしたときに、知識、スキルが足りない場合は学んでいただかなければなりません。知識レベル、スキルレベルが低かった人が学んで伸びれば、それも評価になります。
しかし、往々にして、できる人にタスクや仕事が集中してしまうということがあり、そうすると、そうでない人は、タスクが薄くなってしまうんですよね。そのため、タスクをうまく配分することをPMの人を中心に配慮していただいて、成績が付く前にみんなが活躍できるようにする、というのは心掛けているところです。
それでも、やはり活躍の場面が少ない場合は、成果物への貢献度、プロセス関与度は低く点数が付いてしまうので、そういう方は評価点が低くなってしまうというきらいはあります。
そしてメンバーの問題については、やはり先ほど述べたように、知識やスキルレベルが違うため、できる人にタスクが集中するということがあります。タスクをうまく配分してフリーライダー(ただ乗りして何もしない人)をなくしたいということがあります。
現在、様々な大学の学部でPBL教育が盛んに行われている中でよく聞くのは、学部教育の場合は、リーダーが出てこない、リーダーがいない、議論が盛り上がらない、などです。本学の場合は、学生は社会人がメインであるということもあり、リーダーはおのずと出てきますし、リーダーが出てくれば、フォロワーが必ず発生してチームはうまくいくんです。
しかしその一方で、議論が激しくなってメンバー間でいさかいが起こったりすることもあり、その辺りは教員が交通整理していきます。
PBLを実践していく中では、今述べた点が毎年難しいと感じる点です。
他には、教員側、指導する側の問題の難しさとして、プロジェクトを指導するに当たり、放任は駄目ですが、逆に教員が入れ込み過ぎて指導し過ぎてしまっても駄目なんですよね。
本学の教員はどの様な立場かというと、学生が提案してくることに対して、「GO」「NO GO」の判断をするプロジェクトオーナーの役割になります。そのプロジェクトオーナーがあまり指導し過ぎてしまうと、教員が思っている程度のものしか出来なくなってしまいます。そうではなく、逆に学生さんを「信じて待つ」ではないですが、学生に任せると教員側が想像していた以上のものが提案され、成果物ができるので、その点は指導の難しさになります。
また、PBL指導をしていく中で毎年毎年PBLを繰り返していくと、教員側に全部ノウハウが蓄積されていきます。教員側も様々で、新任で新しく入ってきた先生もいればベテランの先生もいます。教員間で指導力やファシリテーション能力等の差がある為、その差を埋めるべく教員の中にも幾つかの研修があります。FDフォーラム(FD… Faculty Development の略。教育内容・方法等をはじめとする研究や研修を大学全体として組織的に行うこと)という勉強会や、PBL合宿という所でお互いの知見を共有し合い、教員の指導能力をお互いに高めようという努力をしています。
先ほども述べましたが、各プロジェクトに教員が3人付いています。主担当教員の他に副担当教員が2名いるわけですが、私自身も、私が主担当するプロジェクト以外に副担当することがあり、そうすると他のプロジェクトの指導をする先生の様子をミーティングの場面で見ることができます。
私が最初に着任して驚いたのが、(私はエンジニアリングの教員なのですが)デザイナーの先生のプロジェクトに参加した際に、明らかにアプローチが違うことに気づきました。我々エンジニアは、現在あるシステムやプロダクトに対して、「こうやって改善していく」という考え方なんですよ。改善の歴史がやはり、エンジニアの仕事なので。しかし、そのデザイナーの先生のプロジェクトに初めて入ると、そこでは「あるべき姿」を常に学生に考えさせるんですよね。
そういう「あるべき姿」とか「理想」の状態から考えることを「バックキャスティング」と言います。ゴールから巻き戻して「今やることは何か」というのを考える、その様な考え方です。
一方で先ほどのエンジニアのやり方は、(現状からスタートして)改善していくので「フォアキャスティング」と言うのですが、そこで思い立ったのが、現状から「フォアキャスティング」していく方法と、あるべき姿から「バックキャスティング」していく方法、両方のアプローチを1つのプロジェクトの中で行うと、その2つのアプローチでかなりギャップが生まれるんですよね。そこに何かイノベーション発生の可能性の領域があると思っており、その様なアプローチの違いから「イノベーション発想法」という新しいメソッドがPBLの中から生まれてきたりして、その様なことを実験しながらやっています。
このように指導の難しさから、新しい指導方法を生み出したことも過去にありました。