人の行動はどうすれば変わるのか
~『ARCS動機づけモデル』の実践~

「やる気がない」「続かない」……指導・育成の現場において避けて通ることのできない“学習意欲”の問題。
人の行動はどうすれば変わるのか、学習者が興味・関心を持って積極的に学びを継続するためには何が必要なのか。
そんな『学習者の動機づけと行動変容』をテーマに、【熊本大学 教授システム学研究センター 都竹 茂樹教授】にお話を伺いました。
学習者の意欲を高めるための『ARCS動機づけモデル』を軸に、全4回にわたってご紹介します。

Profile


都竹 茂樹(つづく しげき)教授

熊本大学 教授システム学研究センター 教授
(兼任) 社会文化科学教育部 教授システム学専攻 教授・専攻長

1966年生まれ。医師・博士(医学)・公衆衛生学修士・修士(教授システム学)。主著に「プレゼンテーションデザイン術」、「高齢者の筋力トレーニング読本」、「くまモンと一緒にユルッと4秒筋トレ: 4Uメソッドではじめるアンチエイジング」、「結果を出す特定保健指導 -その気にさせるアプローチ-」「あと5センチひっこめろ!」などがある。

ARCSのA(注意)の実践:タイトルは「本気の1カ月!」

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都竹先生
私がARCS動機づけモデルをどのように活用しているかをメタボリックシンドローム(以下、メタボ)の方への保健指導の例で紹介します……

メタボの該当者あるいは予備群といわれる方は、おなかが出ていて、内臓脂肪がたまっていても、痛くもかゆくもありません。そのため、ついつい放っておきがちですが、今は影響がなくても5年後、10年後に、血糖値やコレステロールが高くなる、血圧が上がる、動脈硬化がひどくなる、その結果、脳梗塞になったり心筋梗塞になったりして亡くなる……あるいは寝たきりになったり、透析が必要になって、仕事が頑張れなくなります。そのようにして人生の質、QOL(Quality of Life)が下がることは、すでに世界中の研究で分かっています。ですから、できるだけ早く、心筋梗塞や脳梗塞が発症するもっと前の若い段階でメタボ検診をやって、予備群(男性ならおなか周りが85cm以上で、血糖や血圧、コレステロールがちょっと高め)を見つけて、その人たちに食事や運動の指導をすることで、将来のアンハッピーな状況を避けようということを、国を挙げてやっています。そうすると、本人にとっても社会にとってもメリットがあるし、医療費も下がるだろうということで始まったわけですね。

前置きが長くなりましたが、そのようにして「あなたメタボに該当ですよ」「予備群ですよ」と言われたときに、「将来そんな悲惨な状況になるんだったら、今から食事、運動頑張ります!」と言って取り組む人は1割か2割しかいません。ほとんどの人は、「今は薬を飲むほどじゃない」「痛くもかゆくもないし、合併症って全員に出るわけじゃないですよね」「自分だけは大丈夫です」と生活を変えない、もしくは仕事が忙しいとか、家族の問題があるだとか、ローンを抱えているとか、要は優先順位が低くて、どうしても先延ばしにしてしまう。先延ばしにすればするほど年齢もあがって、年々リスクは高くなります。

ではどうするのかというと、ARCSのA(Attention)でまず注意を引き付けます。でも、先ほど言ったように、病気の話ではほとんどの人は食いつきません。
面白いのは、「食事、運動をメタボ対策のためにやりましょう」と言うと興味を持たないのに、「腹回りを引き締めるために頑張ってみましょう」と言い方を変えた瞬間に、ものすごく食いつくんです。
メタボのために食事、運動をするのも、体を引き締めるためにするのも、やることは同じです。でも、「○○のために」のところが違うと、その時点で皆の食いつきが全然違います。そういった、目的の設定のところで、その人が興味を持てるような見せ方をするだけでも大きく変わるということです。
具体的には、教室の名前を変えるとかですね。「○○生活習慣予防教室」のような名前だと、皆「はあ」という感じなのですが、「体の引き締め方教えます」や「本気の1カ月」といった、より興味を引き付けるようなタイトルに変えると皆の興味の度合いが変わってきます。これが“Attention”です。Attentionの方法はいろいろありますが、注意を引き付けてもその次にやることが退屈だったら、結局は皆やらないですし、続けられないので、そこは工夫する必要があります。

ARCSのR(関連性)の実践:目的は「体を引き締めよう」

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都竹先生
R(Relevance)の関連性については、自分にとって関係があると思わせること、もっと言えば、「これは自分にとっておいしいものなんだ」「メリットがあるんだ」ということをいかに見せるかがとても大事です……

Attentionの例とも少し重なりますが、「メタボ対策」はRelevanceとしては弱かったけれども、「引き締め」になると関連性がぐっと上がってきます。
私たちの調査で、引き締めるための教室に参加されるメタボの方々に「これが『生活習慣病予防対策』なら参加していましたか?」と聞くと、9割がNoと回答されました。
ですから、見せ方だけでもかなり多くの人の興味を引き付け(Attention)、それを自分事と思ってもらえる(Relevance)ようにすることがポイントです。

企業においても、「この研修は企業(仕事)の○○のためにやるんだ」というのはそのとおりで、企業側からすれば「仕事なんだから頑張ってよ」という気持ちもあるとは思います。しかし、残念ながらそれにあまり共鳴されない方(学習者)もいるわけですよね。もしかしたら大多数かもしれません。そういう人たちにどういう見せ方をすれば「その気になる」のかというのが、おそらく多くの管理職の人やインストラクターが困っているところだと思います。解決策としては、個人のメリット(Relevance)と企業のメリット(研修を実施する意味・意図)が同じ方向に向いていることが重要になってきます。そうなると、人それぞれ、見せ方は異なるのかもしれませんが、そういうところへの配慮も動機づけには大事になってくるということです。

「研修も仕事なんだから頑張って」ではないアプローチを

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荒木
今のお話を企業内教育の研修という文脈で考えると、「会社としてこういうことをできるようになってほしい」という組織ニーズに対して、受講者の動機づけにつながるような目的というのは、個人のニーズや関心事をうまく捉える、いわゆる“学習者分析”のようなところがカギになってくるということでしょうか?
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都竹先生
それはすごく大事だと思います。会社にとってメリットがある研修なんだけれども、それだけじゃなくて学習者本人にとってもメリットがあることを、どのように認識してもらうのかということです……

そのことを本人に考えてもらうのか、グループワークで皆と一緒に考えていくのか、あるいは上長との1対1で気付かせていくのか。いろいろなやり方があると思いますが、「これをやるとこんなメリットがあるんだな」ということを学習者に気付いてもらうために、「業務だからやりなさい」ではないアプローチを考えてもいいかなと思っています。

目標は“文章では書かない”ようにすべし

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荒木
個人でゴール設定や目標設定をさせようとしてもうまく言語化できない人がいると思うのですが、都竹先生が実際に指導される際に、何か工夫されていることはありますか?
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都竹先生
私がかれこれ10年以上前からやっているのは、“文章で書かないようにする”ことです。文章に書くと、長いし、面倒くさくなるし……

サポートするわれわれの立場にしても、1人分の文章を読むのであればいいのですが、例えば100人分読まなければならないとなったときには非常に大変なんですよね。
ではどうしているかというと、3×3のマスを作って、真ん中に目標(例えば、「○○な体になる」)を、その周りの8つのマスにキーワードを書いてもらいます。それはあくまで“目標”なので、もう一つ3×3のマスを作って、そちらには最終的に「なぜそんな体になりたいのか」という“目的”を書いてもらいます。それをベースにディスカッションやグループワークをしてもらうと、いろいろなキーワードが欄外にたくさん出てきます。そうやって、自分にとっての本当のメリットを明確にしていきます。

とはいえ、それでも、続かないです。それでも続かないのですが、これをやらなかったらもっと続かないので、3×3のマスに書くやり方でやっています。支援する側も、パッと見てパッとサポートできるので、こういったやり方でぜひ取り組んでいただければと思います。

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