人の行動はどうすれば変わるのか
~『ARCS動機づけモデル』の実践~

「やる気がない」「続かない」……指導・育成の現場において避けて通ることのできない“学習意欲”の問題。
人の行動はどうすれば変わるのか、学習者が興味・関心を持って積極的に学びを継続するためには何が必要なのか。
そんな『学習者の動機づけと行動変容』をテーマに、【熊本大学 教授システム学研究センター 都竹 茂樹教授】にお話を伺いました。
学習者の意欲を高めるための『ARCS動機づけモデル』を軸に、全4回にわたってご紹介します。

Profile


都竹 茂樹(つづく しげき)教授

熊本大学 教授システム学研究センター 教授
(兼任) 社会文化科学教育部 教授システム学専攻 教授・専攻長

1966年生まれ。医師・博士(医学)・公衆衛生学修士・修士(教授システム学)。主著に「プレゼンテーションデザイン術」、「高齢者の筋力トレーニング読本」、「くまモンと一緒にユルッと4秒筋トレ: 4Uメソッドではじめるアンチエイジング」、「結果を出す特定保健指導 -その気にさせるアプローチ-」「あと5センチひっこめろ!」などがある。

行動変容は“ほとんど”不可能?

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荒木
都竹先生がインストラクショナルデザイン(ID)を学び始めたきっかけを教えていただいてもよろしいでしょうか?
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都竹先生
いくつか理由があるのですが、大きな理由は二つです。
一つは、アメリカの大学院に行ったことがきっかけです。アメリカの大学院の授業は、めちゃくちゃハードなんですが、すごく楽しいものでした……

*インストラクショナルデザイン(ID)とは
教育を中心とした学習活動の効果・効率・魅力を高めることを目指したシステム的なアプローチに関する方法論の総称

帰国後、日本の大学で教員をすることになって、自分がアメリカで受けたとおりの授業をやろうと思ったんですが、全然できなかったんです。よく考えてみたら、「そういえば先生はずっとしゃべっていたわけじゃなかったよね」とか、「一発勝負の試験じゃなかったな」とか……。大学院というのもあるのだと思うのですが、学生とのディスカッションなど“学生同士で学ぶ”ためのいろいろな仕掛けがあったことにも気が付きました。
自分の授業でもそういう授業をできるようになるにはどうしたらいいかといろいろ調べていて、インストラクショナルデザインに出会ったというのがIDを学び始めた理由の一つです。
二つ目の理由は、保健指導の仕事に使えると感じたからです。大学の教員になる前から、メタボリックシンドロームの人たち、あるいはその予備群の人たちに対して、食事を改善してもらう、運動をやってもらうといった保健指導を仕事としてやっています。ただ多くの人は「食事を変えなくちゃいけない」、「運動しなくちゃいけない」と頭で一応は理解していても、残念ながら8~9割の人は実際に行動に起こしません。そういう状況でどのように対応すれば良いか?脅すという方法もありますが、脅されてやる人はごく一部の人だけです。8~9割の人は「自分は大丈夫」と言って、本当は全然大丈夫じゃないんですが、そういうふうにおっしゃいます。北風と太陽ではないですが、北風でバンバン脅したところでほとんど変わりません。では、お金で釣ればいいのではとインセンティブを提示すると、確かに効果はでるのですが、金の切れ目が縁の切れ目ではありませんが、インセンティブが終わったらやらなくなるという問題があります。
やっぱり、無理強いではなく、自分からやりたくなるような、後ほどご紹介する『ARCS動機づけモデル』のような理論をちゃんと学んで、それを実践に活かしていく必要があると思い学び始めました。それが十数年前になります。

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荒木
IDを学ばれたきっかけの一つ目であるアメリカの大学院で都竹先生が保健指導を学ばれている際に、教授に言われた言葉で衝撃的な一言があったと以前にお伺いしたことがありますが、どんな言葉なのでしょうか?
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都竹先生
私が受けた国際保健の授業での教授の言葉が、今もとても印象に残っています。国際保健では、ウィルス感染の蔓延をどう予防するか、例えばHIVを予防するためには性行為のときには避妊具を使いましょうといった対策を、特に途上国でどうアプローチしていくかを取り扱う授業でした……

要は、“行動変容をどう引き起こすか”ということがテーマなわけですが、その授業での教授の第一声が「行動変容はほとんど不可能だ」でした。衝撃を受けた一言でした。
でも、教授は、絶対不可能だとは言いませんでした。“ほとんど”不可能。これはどういうことかというと、脅すなどの方法では、人は変わらないですよ、ということです。
相当工夫をして、もっと言えば、設計する側が余程“したたか”に考えて取り組まないと、人の行動なんて変わらないし、ましてや継続しませんよ、という戒めのメッセージだと思っています。だから私はIDという理論を使って行動変容に、そしてその継続に取り組んでみようと思いました。
実際にIDを使ってみて良かったなと思うのは、たとえば『ARCS動機づけモデル』には、押さえるべきポイントがちゃんとまとめられているので、無駄なことをしなくてよくなりました。結果的に、ベストとは言いませんが、それなりに質が担保されたものを、あまり時間をかけずに作り上げることができるようになりました。もちろん、初めにARCS動機づけモデルを読んでみたときに、「これはもうやってたな」という工夫も結構ありました。ただ、あらためてARCS動機づけモデルという枠組みで考えてみると、効率的に進めることができるので、ぜひ使ってみてほしいと思います。これは、研修の設計だけでなく、自分が取り組んでいるプロジェクトや子どもの教育など、いろいろなものに使えるので、このインタビューを見てくださっている方には、ぜひチェックしていただければ嬉しいです。

動機づけのモデル『ARCS』とは

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荒木
保健指導のお話の中にありました、相手(学習者)に対して、無理強いではない形で継続させるための工夫については、企業内教育の研修に携わる皆さまも、日々とても悩まれていらっしゃるところだと思います。保健指導という、おそらく企業内研修の学習者よりも一層動機づけが難しい方々への都竹先生のこれまでの実践の事例から、企業教育に活用するためのヒントを頂けたらと思っています。
都竹先生は、保健指導で『ARCS』という動機づけモデルを活用されているということですが、どのように取り入れられたかを教えていただけますか?
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都竹先生
まず、『ARCS』とは何かを簡単に紹介します。
ARCSは、アメリカのジョン・M・ケラー先生が開発した動機づけモデルです……

A“Attention”で「おもしろそう」と学習者の“注意”を引き付けること、R“Relevance”で「自分に関係がある」「自分にメリットがある」という“関連性”C“Confidence”で「これぐらいならできる」という“自信”、最後のS“Satisfaction”で「やってよかった」という“満足”を意味します。このAとRとCとSが含まれていると、「やってよかったからまた続けてみよう」というふうに動機づけがしやすくなります。

ただ、もともとAttentionがある、ある意味意識が高い人たちに対しては、Aを一生懸命やる必要はもちろんありません。指導や育成の場面にこの4つが揃っているとよい、ということです。
ARCSモデルをもとに、自分の取り組んでいる研修や、事業、プロジェクトなどを見直してみると、「ここが足りていないな」とか、「ここをもう少しやればいいんじゃないか」といったいろいろな気付きを得られるので、ぜひ使っていただければと思います。

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